JR福北ゆたか線
そのころは、まだ筑豊には炭鉱が残っていたので、若松~飯塚間には、石炭を運ぶ多くの貨物列車が走っていました。
その当時は、直方から博多へ行くには、筑豊本線を走って鹿児島本線の原田駅まで行き、そこから鹿児島本線を引き返して博多まで行く直通列車がありました。
しかし、これでは福岡市まで、かなりの遠回りになるので所要時間は2時間近くかかっていました。
やがて、炭鉱の閉山とともに貨物列車は大幅に減便されて、福岡市へのアクセスを便利にするために、桂川駅から吉塚駅まで篠栗線が開通し旅客列車は、そちらが主流になり博多駅への所要時間が大幅に短借されました。
そして2001年には全線が電化されて、路線名も「福北ゆたか線」と改名されて現在に至っています。





背後に見える山は「忠隈のボタ山」で、現在も残っていますが、駅の周りの風景は、すっかり変わってしまい、このような構図で撮るのは不可能です。

飯塚駅からのボタ山、いいですねー。今は木々に覆われて、言われなければボタ山だと気づかないですよね。
この頃はもうSLは走っていないと思いますが、客車・気動車天国ですね。今の機材を持って昭和の世界に撮影に行きたいです(^_^;
昔は”ささぐり線”と言ってたと思いますが。
利用はしたことがないですが、いつの間にか”福北ゆたか線”という名称になってたんですね。同じ路線ですか?
こちらの”香椎線”も昔は”西戸崎線”と言ってたと思ったら今はそうじゃないみたいです。byトッシー
コメントありがとうございます
一番下の写真を撮ったころはSLは、もう走っていませんでしたが、僕が中学校のころまで筑豊本線はSL天国でした。
まだ、一眼レフも買えなかったころに、休日はよく冷水峠まで出かけてました。
コメントありがとうございます。
かっての筑豊本線は、若松から桂川までと吉塚までをあわせて「福北ゆかた線」と呼ばれるようになりました。
直方から博多行きは気動車で原田行はSLがけん引していたので、かっては原田駅にターンテーブルがありました。
そのターンテーブルを残しておけば、SLひとよし号を向きを変えて熊本まで帰れたのにですね。
コメントありがとうございます。
実は、最初に撮り始めた写真がSLでした。
その後は、しばらく写真撮影から離れていましたが、デジカメの出現で再開しました。
今、撮っている農村風景なども、いずれは記録写真になるだろうと思っています。

