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九州ロマンチック街道

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趣味はドライブと写真撮影。愛車はMINIクーパー。ドライブや旅先で見つけた美しい風景を紹介しています。

カテゴリ:都市・町並み( 17 )

福岡市のアイランドシティに2軒目の高層マンションが建ちました。
そのマンションの名は、Iタワーという名で地上45階建ては九州では最高峰だそうです。
完成は2016年2月26日とのことですが、外観はほとんで完成しています。
個人的には、このマンションは色が好きです。

これまでアイランドシティ中央公園の修景池をアイランドタワーが独占していたが二つのマンションが並ぶことになりました。

ところで、アイランドシティにはさらに4棟のタワー型マンションが立つことになっています。
「積水ハウス、西日本鉄道、福岡商事、西部ガス興商」の企業連合体が、地上32~46階の超高層タワーマンションを建設することが決まっています。
着工は2016年からの予定ですが、4棟とも完成するのは2023年の予定だそうです。
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by j-machj | 2015-11-24 18:01 | 都市・町並み | Trackback | Comments(8)
僕は、生まれも育ちもかって石炭の産出量日本一を誇った筑豊なので炭坑の施設は見慣れていました。
しかし、ここの炭住はインパクトがありました。
僕の記憶にある炭住といえば普通、木造一階建ての長屋ですが、ここは鉄筋コンクリートなのでゴーストタウン化した今は、荒廃した近未来のSF映画のようでした。

雑草やツタが道路まで延びてきていて、かなり道幅が狭くなっていました。
アパートの壁には、びっしりとツタが絡み、確実に軍艦島化しています。

閉鎖された施設の多くは何年も放置されていますが、それは取り壊しに莫大なコストがかかるからです。
池島は長崎県から助成金が出たので炭坑施設の一部は取り壊しが始まります。
しかし、これらの炭住についてはまだ取り壊しのメドはたっていないそうです。
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文化財などを補修しながら残し続けることばかりではなく、こうして朽ち果てていきながら自然に戻されて行くところに、廃墟マニアにとっては「滅びの美学」に通じるものがあるのかもしれませんね。
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「第二の軍艦島」とは言われていても、この島はまだ200人の島民が住んでいるわけです。
そのため、島で暮らすための最低限の施設はそろっています。
この島に宿泊するのに不自由することはないでしょう。


(池島中央会館)  池島唯一の宿泊施設ですが、管理はしっかり行き届いているようでした。
そして、インターネットも利用できるそうです。
食事は出ないので、後述の「かあちゃんの店」で食事するか、自炊は出来るので食材を持ち込んで自炊することになります。
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(母ちゃん店)  島の人口が200人まで減った今でも、おばあちゃんが一人で頑張っていました。
店の中はガラ~ンとしていて、会議用のテーブルがひとつあるだけですが、それが逆に過疎化する島の雰囲気を醸し出しています。
しかし、廃墟マニアたちのブログを見ていると、皆くちをそろえて「美味しい」と書いていたのて、僕も皿うどんを食べてみました。
ここは、文句なしに美味しかったです。
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(港ショッピングセンター) 船着き場の近くにある、島に一軒だけのショッピングセンターで、写真の右側は各内のできるカウンターになっています。
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帰りのフェリーは、見送りがありました。
もしかしたら、坑道ツアーに着た人たちを見送っているのかもしれませんね。
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by j-machj | 2014-07-31 12:33 | 都市・町並み | Trackback | Comments(9)
長崎県の池島をご存じでしょうか?
「第二の軍艦島」として、いま廃墟マニアに注目されている島です。
一昨年、長崎県の新聞で紹介されたところ、去年は年間の観光客が前年の10倍に増えたそうです。(とは言っても年間2400人ですが・・・)

僕は、九州の炭鉱は昭和の時代に全て閉山されたものと思っていましたが、この池島炭鉱は昭和34年に採炭が始まり、平成14年に閉山したそうです。
昭和34年といえば、石炭から石油へのエネルギーの転換によって、全国の炭坑が次々と閉山に追いやられ始めたころです。

そんな中で、逆に池島の採炭が始まったのは石炭の質が極めてよかったからだそうです。
昭和40年代の最盛期には7500人が、この島に澄んでいましたが、今は200人までに減っています。

池島に最も詳しいブログ・池島に行ってみたい方にお勧めです。
「九州最後の炭坑・池島より」
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一方では、観光にも積極的に力を入れており、トロッコに乗って坑道を降りて行くツアーが実施されています。
軍艦島といわれている端島も、島への上陸ツアーはありますが、こちらは島内で歩ける範囲はほんのわずかなので、池島の方がずっと炭坑というのがどういうものであったのかを学ぶことが出来るでしょう。
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人口が200人にまで減った今でも、この島へは1日10往復以上の船が出ています。
フェリーは車も積むことが出来るので、僕は車で島へ渡ってみました。
島の周りを一周する、約4キロの県道があるので島を3周してみましたが、その間にすれ違った車は1台だけでした。
島の道路を一人で独占するのは、実に気持ちがいいものでした。
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ここには、廃墟と化した炭住が今でも100棟近く残っていてゴーストタウンの様相を見せています。
中には8階建てのアパートもありますが、エレベーターはなかったそうです。
次回は、廃墟となった炭住と島にわずかに残る生活の施設を紹介します。
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by j-machj | 2014-07-27 09:43 | 都市・町並み | Trackback | Comments(11)
全国に、明治・大正以前の街並みはいくらでもありますが、昭和の街並みがそっくり残っている所は、そう多くありません。
それは、おそらく昭和40年代から始まった高度成長によって一気に建物が建て替わったからだと思います。
そんな中で豊後高田市の商店街は、たまたま昭和30年代の建物が残ったのだと思います。

豊後高田市は26000人の自治体にもかかわらず、商店街がシャッター商店街と化していないのが奇跡です。
しかし、ここも12年前まではすっかり寂れきって「犬と猫しか通らない商店街」とまで言われてしまったそうです。
そこに危機感を感じた商店主たちは、市と商工会議所と協議して、昭和30年代の街並みを再現しようということになりました。
こうして、アルミサツシュを木の枠に戻し、看板をブリキの看板に掛け替えるなどして昭和30年代の商店街が蘇りました。
おかげで、今は年間30万人以上の観光客が訪れるようになったそうです。

この町には、よく観光地にありがちな景観をそこなう、ありがた迷惑な案内標識はほとんどありません。
また、「いかにも観光地でございます」といったお土産屋さんの立ち並ぶ光景もみられません。
だから、町にはそこで暮らす人たちの生活臭が漂っています。
本当は、そこに暮らす人の姿も入れて撮りたかったのですが、どうしても観光客も一緒に写ってしまうために、朝6時ごろと夜20時過ぎに撮影しました。(ボンネットバスは午前10時撮影)

「3丁目の夕日」の原作者であり、昭和ブームの火付け役となった、西岸良平氏には、ぜひとも豊後高田市の名誉市民になっていただきたいものです(笑)
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昭和ロマン蔵
「昭和の町」の核となっている施設で、中には昭和30年代のおもちゃや生活様式などが展示されています。
ボンネットバスもここから出ています。
ボンネットバスの運行時刻
http://www.bt-kankou.com/dl/data/20140326161311.pdf
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by j-machj | 2014-06-03 13:51 | 都市・町並み | Trackback | Comments(16)
10日は本州最西端の町、下関へ行ってきました。
この下関市は観光地として、どのくらい認知されているのでしょうね。

僕は、個人的には門司港レトロタウンよりも下関をお薦めします。
日本海側は海がとてもきれいだし、新鮮な海の幸がたくさん食べられます。
かっては、「くじらの町」として認知されていましたが、食用捕鯨が禁止されてからは「ふぐの町」として認知されています。

今回の目的は、サンデンバスの運行するロンドンバスに乗ることと、唐戸市場・馬関街(ばかんんがいへ寿司を食べに行くことでした。
唐戸市場・馬関街とは魚市場を毎週末と祝日だけ、一般の人に開放したものです。
しかし、さすがにここに行く人は多いようで駐車場がどこも満車で閉店までに間に合いませんでした。
唐戸市場ホームページ

海峡ゆめタワーから見た、下関の夜景
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奥に写っているのが海峡ゆめタワーです。
デザインは、門司港レトロ展望室や福岡タワーよりもこちらの方がかっこいいと思います。
スカイツリーと比べてもそれほど見劣りしませんね。
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これは門司港側から撮影した関門橋です。
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下関駅から城下町長府まで、海峡に沿ってロンドンバスが走っています。
しかし3月24日で、運行を終了します。
乗ってみたい方はお早めに・・・・
ロンドンバス・ルートマスターの時刻表
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by j-machj | 2013-02-12 20:12 | 都市・町並み | Trackback | Comments(6)
古い町並みには、黄昏がよく似合う。
街灯がつき始めた頃は、人の姿もまばらでしっとりとした佇まいが、なんともいい雰囲気を醸し出しています。
空が明るい時間帯だと暗部のディティールが潰れやすいけども、日が沈む前後だと写真も撮りやすいです。

福岡県うきは市吉井町「伝統的建造物群保存 地区」
ここは、旧豊後街道沿いで、今は久留米市と日田市を結ぶ国道210号線なので、交通量はかなり多いです。
かっては電線が邪魔になっていましたが、今は地下に埋められてすっきりしています。
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熊本県山鹿市豊前街道
ここは山鹿市の造り酒屋・千代の園酒造の前です。
ブランド名がパナソニックになった今も、ナショナル自転車の看板が残っているのがいいですね。
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長崎県平戸市崎方町
ここは平戸の観光スポットが点在するところにありますが、観光客はあまり歩いてなくて生活臭が漂ってます。
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by j-machj | 2012-09-16 20:25 | 都市・町並み | Trackback | Comments(10)
古くからある商店街が次々とシャッター商店街と化していく中で、今でも活気あるレトロな商店街が北九州市小倉北区にあります。

小倉駅を降りて魚町銀天街の長~いアーケードを10分以上歩くと、まるで昭和30年代にタイムスリップしたような商店街にたどりつきます。
そこは旦下(たんが)市場と言って福岡市の柳橋連合市場と並んで福岡二大市場と言われていて、スーパーでは手に入りにくい食材も多く扱っているので料亭や料理店などの料理人も買い付けに訪れるそうです。

このアーケードの中の店舗は、ほとんどが昭和30年代に建てられたものだそうで、これほどまとまった形で残っているところも珍しいです。
そのため1960年代を時代背景とした映画『初恋』の撮影ロケーションが行われました。

年の瀬ということもあって朝から大変な人出で賑わってました。
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by j-machj | 2011-12-22 11:03 | 都市・町並み | Trackback | Comments(4)
鹿児島本線・折尾駅(北九州市)を降りると、駅のすぐ横に今も昭和の面影を色濃く残す飲み屋街があります。

この街を見ていると、高倉健さんが東映の専属スターとして活躍していたころを思い出します。
この折尾には高倉健さんの通った、福岡県立東筑高校があります。
健さんが、この街に愛着を持っておられたかどうかは知りません。
しかし、彼の生家は折尾駅の隣の中間駅にあり、毎日この街に通ったことは確かです。

飲み屋街の隣に流れているのは、堀川といわれる運河で、筑豊炭田が栄えたころに遠賀川と洞海湾をつなぐために造られたものです。
そうした中で、かつての活気ある堀川の再生を目指す地域住民の環境保全活動が評価され、昨年堀川が「近代化産業遺産」として経済産業大臣の認定を受けました。
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こちらは、門司港駅とともにレトロな駅舎として残っている折尾駅ですが、JR九州と市は、線路の高架化事業に伴い駅舎を取り壊す方針を決めています。
しかし地元の住民団体から「あまりにも惜しい」と保存活用を求める声が上っています。
すでに折尾駅の周りは、再開発が進められていて、この周辺の古い建物はどんどん取り壊されているので、見納めに写真を撮っておきました。
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by j-machj | 2011-12-06 22:25 | 都市・町並み | Trackback | Comments(8)
山鹿市には母の実家があります。
そのため子供のころは夏休みと春休みは、いつも1週間くらい滞在していました。

母の実家は、建坪だけで100坪は越えるお屋敷ですが、かっては風呂がありませんでした。
何故ならば、歩いて1分くらいのところに松山市の奥道後温泉のような造りの銭湯があったので、そこに行けばよかったからです。

昭和40年代大規模な再開発ビルが建てられてその銭湯は温泉プラザとして生まれ変わりましたが、それまでの情緒は薄れてしまいました。

当時、今の温泉ブームが訪れることを誰が予想できたでしょうか?
山鹿市はそのブームに少し乗り遅れる形で観光に力をいれはじめました。
その最大の目玉が豊前街道でかって宿場町として栄えた街並みには、今でもレトロな家がたくさん残っています。
山鹿灯籠浪漫・百華百彩は「豊前街道」を中心に行われています。
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by j-machj | 2011-02-14 18:34 | 都市・町並み | Trackback | Comments(10)
日田市といえば天領の町です。
ゆえに、今でも情緒あふれる古い街並みがたくさん残っています。
日田でもっとも昔の面影を伝えているのは豆田町ですが、ここは写真にまとめにくいです。
それに観光スポットなので、人が多いです。

日田の情緒を味わいたいなら、それよりも日田の温泉街をお勧めします。
ここも古くからある商店や民家が今でも残っています。
それでも、ここは街並み保存の指定を受けていないので、古い家がどんどん取り壊されていました。

2月15日~3月31日まで「天領日田おひなまつり」が開催されます。
その時に日田市を訪れてみるのもよいでしょう。
「天領日田おひなまつり」のサイト

一枚目の写真は計算違いでした。
全部滝を取り入れてみたかったのですが対岸からではこの構図にしかなりませんでした。
夏になれば屋形舟も出てくるので、その時に川の中洲に入って撮り直してみます。
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こういう町にはセピアが似合いますね。
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by j-machj | 2011-01-29 18:47 | 都市・町並み | Trackback | Comments(8)